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 あの日のコロッケは美味しかった。

私の家は大家族で、毎日10人以上の食事を母が作っていた。

あの日、私は母がコロッケを作るのをずっと眺めていた。
タネを手際よく丸め、パン粉をつけて揚げ鍋に。次々にコロッケが出来上がる様子が、幼い私にはまるで魔法のようだった。
すると母が揚げたてのひとつを半分に割って「ナイショだよ」と私に手渡してくれた。
2人して「おいしいね」と言いながら食べた。
兄妹の多い私は、母と2人きりで過ごした記憶があまりない。だから、2人だけで皆にナイショで食べたコロッケは、涙が出るほど美味しく、うれしかった。

時が経ち、私は3人の子どもの母になった。
食の細い長女は、好物のグラタンを作ると目を見張るほどの食欲で誰よりもたくさん食べた。
長男は肉料理をすれば、大口を開けてほおばった。
次女は、帰宅するといつも「いいにおい!」と真っ先に台所へやってきた。
子どもたちが無心に食べる様は、母になった私にとってこの上ない幸せだった。
私の母もきっと、7人の子どもが美味しそうに食べる姿を幸せに眺めていたんだろう。

今、私はスミカグラスの厨房で食事を作る。
あの頃の母より、もっとたくさんの人に。
お客様から「おいしかった」の声をいただくと、家族が増えたような気持ちになる。
料理をする者にとって、家族からの「おいしい」が何よりのごほうびだ。

たくさんのコロッケを揚げながら、あの日の母を想う。母もこうやって、「おいしい」と食べる誰かを思い浮かべながら手を動かしたのだろうか。

年老いて台所に立てなくなった母。次に会ったら、その手を労ってこよう。
「お母さん、あの日のコロッケ、ありがとう」