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いまどき珍しいかもしれない。

彼とは、お見合いで結婚を決めた。

 

この歳まで結婚をしなかったことに、大した理由はない。

人並みに恋もした。そこそこ真面目に仕事もした。

「いつか」と思いながら過ごしていたけれど

その「いつか」が、向こうからやってこないことに

気付いたのがこの歳だった。ただそれだけだ。

 

初めて会ったときに「いい人だ」と思った。

嫌だと思うこともない代わり、好きだと感じることもなかった。

何度目かの食事のあと、彼から

「正式に結婚の話を進めたいと思うけど、いいかな」

と聞かれ、「はい」と答えたのはわたし自身だ。

けれど、順調に進む結婚準備とは裏腹に

わたしの心は不安に溢れていた。

 

果たしてあれは、プロポーズだったのだろうか。

わたしは、この人と家族になれるのか。

そもそも誰かと家庭を築くというのは、どういうことだろう。

考えるほど、この結婚への自信は揺らいでいく。

それでも時は流れ、今日は婚礼写真の打ち合わせがあった。

 

打ち合わせが済んだのはちょうど昼時で

彼と二人、写真館に隣接するカフェに入った。

運ばれてきたランチは、家庭料理を思わせる定食だ。

温かな味噌汁のお椀から、優しい出汁の香りがした。

 

一口飲んで、気がついた。

「この味、うちの味噌汁と同じだ」

たっぷりの鰹節と、昆布の出汁。

母から受け継いだ味噌汁を、わたしは大事にしていて

忙しくて食事をお惣菜で済ませる日でも

味噌汁だけはちゃんと出汁を取って作ることに決めていた。

きっと、出汁の配分がうちのそれと似ているのだ。

 

向かいに座る彼も、味噌汁に口をつけていた。

途端に、満面の笑みを浮かべる。

「美味い!味噌汁って、こんなに美味かったっけ」

そう言いながら、嬉しそうに味噌汁を啜る彼。

まるで、少年みたい。

そんなに喜ぶなら、いくらでも味噌汁ぐらい作ってあげる。

 

「ああそうか」と、唐突に思った。

結婚というのは、自分の味噌汁を

誰かが喜んで飲んでくれることなのだ。

そういえば「毎朝俺に味噌汁を作ってくれ」なんて

プロポーズのセリフもあるじゃないか。


彼のこの笑顔を、もっと見たい。素直に思った。

 

「わたしの味噌汁も、飲んでくれる?」

自然に、そんな言葉が出た。

目の前には、一瞬びっくりしたように固まって

そしてさっきよりもっと、くしゃくしゃの顔で

嬉しそうに笑う彼がいた。