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朝からぐずついていた空が泣きだして

窓越しの木々を濡らし始めた。

熱いコーヒーに口をつける。

気を抜いたら泣きだしてしまいそうなのは、私も同じだった。

 

家を飛び出してきたのは一時間前だ。

いや、正確には追い出されたのかもしれない。

今日は朝から息子のイヤイヤに振り回されていた。

お着替えもイヤ、ご飯もイヤ、何もかもイヤなのに

そのくせ放っておかれるのが一番イヤなのだ。

 

昼食時、食べ物で遊ぶ息子を叱る私に、夫が言った。

「そんなに怒るなよ。ゆうた、まだ二歳だぞ」

その一言に、何かがプツリと切れた。

「二歳だから、なによ。教えなきゃ分からないでしょ」

「もう少し大きくなれば分かるだろ?」

「じゃあほっとけっていうの?そうやってわがままな子に

 なったらどうするのよ!」

「そんなこと言ってないだろ。ただ・・・」

「あなたには分からないわよ!毎日ゆうたのイヤイヤに

 付き合ってるのは私なのよ!」

ハッと気付いた時には遅かった。

夫が、こめかみを押さえる。怒りを堪えるときのクセなのだ。

「いいよ。好きにしてきて。ゆうたは俺が面倒見てるから」

そして、あとに引けずに飛び出して

行くあてもなく流れ着いたのがこのカフェだった。

 

私だって、いつも笑顔の優しいお母さんでいたい。

けれど、しっかりと子育てもしたいのだ。

まだ母親二歳。しつけと容認のバランスも分からなかった。

間違いを傍観することは、優しさではないと思う。

だけど・・いつかタイミングが来るまで見守れば、

あるいは人はおのずと成長するのだろうか。

 

窓の外は、変わらず雨に濡れていた。

ゆっくりとそれを眺めながら、コーヒーを飲み干す。

なぜだろう、このコーヒーに「Yes」と言われた気がした。

手のかかる時期を迎えた息子の自己主張も、

そしてそれに惑う新米ママの自分にも。

何が正しいのかは分からない。

けれど、全力で向き合うそのすべてが「Yes」なのだ。

 

このカップを置いたら、家に帰ろう。

夫はまだ不機嫌だろうか。それでも、笑ってただいまを言おう。

そう思った時、ラインが鳴った。

 

「もう帰ってくる?ゆうたがママ探して泣きやまない」

 

不覚にも、堪えていた涙が溢れそうになって

あわてて窓の外を見る。

景色が滲んで見えたのは、激しさを増した雨のせいだ、きっと。